《職場の教養に学ぶ》
お題:失敗のあとの振る舞い
2026年6月25日(木曜)
【今日の心がけ】誠実に向き合いましょう
砂川昇建の思うところ
「失敗したんじゃない、勉強したんだ」と言う格言があります。本来は失敗から学ぶ姿勢を励ますためのものですが、使い方によっては「失敗を正当化する言い訳」にもなってしまいます。そこで思い出されるのが、実るほど頭を垂れる稲穂かなということわざです。これは、稲は実が詰まるほど穂が重くなって頭を下げるように、本当に知識や経験を積んだ人ほど謙虚になる、という意味です。失敗との関係で考えると、未熟な段階では「自分は悪くない」「環境が悪かった」と考えがち少し成長すると「失敗したけれど勉強になった」と考えられる。さらに成熟すると「失敗の中で自分に改善できる点は何だったか」と考える。本当に実力がつくと、成功しても失敗しても驕らず、静かに学び続ける。という段階があるように思います。だから、「失敗したんじゃない、勉強したんだ」という言葉の価値は、「勉強になった」と言った後に何をするかで決まります。失敗を周囲のせいにして終わるなら単なる自己弁護です。一方で、「確かに運が悪い面もあった。でも自分にできたことはなかったか」と振り返るなら、本当に学びになっています。失敗したとき、人は他人の欠点はよく見えても、自分の欠点は見えにくいものです。成熟した人ほど、他人の責任を数える前に、自分の改善点を探します。結局のところ、失敗を経験することが成長ではなく、失敗から自分の課題を見つけられることが成長なのだと思います。
著者 砂川昇建




